ちょい不良おやじのきままブログ!!

気になった事など色々きままに書いてます!!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| ↑TOP |

調子に乗って、新作発表!^^

If、、もしもあの時・・・・・

「どこだ?」
「なんでだ?」
 三木雄一 
1つ違いの弟と10歳離れた妹がいる元バイク店勤務の38歳。
父は、医療コンサルタント。 母は、パート主婦の至って平凡な家庭の長男。

 それは、12年前にアメリカへ遊学して3ヶ月ほど過ぎた時だった。
その日、俺はウエストハリウッドのバイク屋のメカニックの仕事を終え、
一度帰宅後、コミュニティーカレッジの英語科に行く為に、親父から紹介されていた先輩の知人から、5日前に、700ドルでかったボロバイクで学校に向かう途中だった。
いつもの道をまっすぐ走っていると・・・・・
突然左折してきた車に激突した。日本とは、走行車線が左右反対なので、
日本で言えば、直進中にいきなり右折車に激突!って事になる。

 気が付いた時、俺は日本にいた。
しかも、アメリカに行こうと決めたその日だったんだ。

 3ヶ月も暮らしていれば、その地域の事は大体分かってくる。
アメリカは、自由の国。アメリカンドリームの国。
憧れが強かったせいもあるが、ちょっとアメリカって国に疑問を感じ始めていた頃だった。
自由主義の国なのだから、当然のことなのだが、国民の生活格差が半端じゃなく開いているのだ。
自分を守るのは、自分。安全は、金で買うもの。
もちろん、俺は金に余裕があったわけでは無いので、あまり治安のいい地域には住めなかった。
夜中に、銃声が聞こえる事もしばしば、昼間でも、路上で警察に尋問を受けている奴もおり、
その脇を、買い物を終え、袋をかかえて、通りすぎる。なんてことは、しょっちゅうだった。

 時期も悪かったのか、
当時の日本の首相 中曽根 康弘が、「アメリカは、移民の国で黒人やヒスパニック系の移民は教育水準が低い。」などと発言し、日本人バッシングがひどい時期だった。
リトル東京近くにある、日本人の墓が荒らされたり、日本人が経営している店舗への嫌がらせなどが頻発していた。
俺も、黒人が運転手をしていたバスに乗車拒否されたりして、ちょっと参っていた時だった。

激突したとき、瞬間考えたのは、「こんな国に来ない方が良かったのかな?」

1年半前に、仁(じん)という、同じ歳のメカニックが店に入ってきた。
そいつは、今で言うとフリーアルバイター。
仕事して、金が貯まると旅にでる。
金が無くなると、戻ってきて仕事をする。そんな奴だったんで、定職にはつけない奴だった。
当時、俺が働いていたバイク屋の社長が、たまたま知り合い、腕がいいメカニックだたので、お互いに条件を確認し合い、引っ張ってきたのだ。
「こんな気楽な生活している奴も、日本にいるんだ?」と感心した。
歳が同じって事もあり、すぐに俺とも仲良くなった。
半年くらい過ぎたとき、少し小金が貯まり、旅に出たくなったのだろう。2ヶ月ほど休みをとった。
それは、社長との入社条件で、折り合っていたので、仁は、休みをとりバイクで旅に出て行った。

 次に進む
スポンサーサイト
| trackback:0 | commnet:0 | ↑TOP |
コメント
コメントする














秘密にする

 
このエントリーのトラックバックURL
このエントリーへのトラックバック
プロフィール
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
FC2カウンター

月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
リンク
ブログ内検索

RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。